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2008.06/10 [Tue]
08/6月9日の日記 日本のかほりのするピアノ
予定より寝てしまいさっさと支度して出た。最近夜更かしをしてしまうのでいかん。
岐阜のミュージックワールドへ向かい途中マックで昼御飯。いろんなところのマックに行っているのでそのうちマックマニアになりそうだ。ながちゃんの言ってたようにここのマック昼になるとすごい人。12時回ったら一気に人が入ってきた。外回りは基本ひとりなので昼御飯がさびしいけどひとりのほうが気楽だったりもする。
しばし待ってたらながちゃんきて作業開始。ピアノ内部の錆落としから始まり、弦の交換、アクションの調整と進めていった。おやじさん店番をしていていろいろと技術的な事をアドバイスしてもらえた。
順調に調整も終了し思ったよりいい感じになった。これで自信を持って納められる。
いい時間になったのでながちゃん行きつけの近くの焼肉屋へ。初めて馬刺を食べた。触感はぬめっとしてるけどタレに付けるとこれが美味。いい体験した。他の肉もおいしくまたきてみたい店だった。
車なので呑めなかったけど食べながらいろんなこと語った。ながちゃんが最近危惧してる世界の食糧事情や自営業の人間にしか解らない辛さなど語り合った。自分は人との会話で本音を語る瞬間がたまらなく好きだ。うわべだけの会話なんてつまらない。
人生やお互いの考えについて真剣に熱く語る。
こういうのいいね。
良いものを求めるということに対してはながちゃんとは共感するところあり話はピアノの構造、デザインや材料にまで至った。彼は建築関係の勉強をしてきているのでピアノに対する見方もその構造的な視点で興味深い。
何故今のピアノが現在の姿に至ったのか?日々ピアノに接していくなかで解ることがあるらしい。余分なものは何もなく今の形で完成されたピアノ。外見のシンプルさからは想像もつかない中の複雑な構造。考えれば考えるほど不思議で魅力的なものだ。だから人を惹き付けて止まないのだろう。
工房時代、数多くのピアノを見てきたけど、その構造も材料も実に様々だと感じた。
特に印象的だったのはたまに入ってきたスタインウェイのアップライトと大橋ピアノ。僕はスタインウェイ信者じゃないけどその構造や多くのピアニストや調律師がいいと言うのがよくわかる。
ピアノを横に倒して下から見ると、あまり木材のことに詳しくない自分が見ても質のよい木材を使っているのがわかる。アップライトであってもその構造は独特だしアップライトとは思えないとんでもない音が出る。そのぶん値段も標準の3倍以上だけど…
そしてもうひとつは大橋ピアノ。このOHHASHIピアノは国産最高品だと疑わないピアノ。その細部まで手抜きのない作り、材質もすごく高級ではないけど良かったように思う。贅沢はしてないけど現状で手に入るいいもの使ってますみたいな。で、音はえもいわれぬと言う感じ。これが日本のピアノじゃ!みたいな。
▼OHHASHI ピアノ
大橋ピアノ研究所
創業者:大橋幡岩(はたいわ)氏
浜松市で、親子二代に渡って、国産最高水準のピアノメーカー、大橋ピアノ研究所にて一切の妥協を許さず製作された、一台一台とても品質の高い手作りのピアノ。創業(昭和34年)から自主廃業(平成7年)まで、4639台を製品出荷。
参考文献
人技あればこそ、技人ありてこそ
絶版本
http://www.fukkan.com/fk/VoteDetail?no=24887
この本自体もすでに絶版。日本のピアノ史において貴重な資料だけれど手に入れるのは困難とのこと。アマゾンでも在庫0で中古書籍が出るまで買えない・・
大橋ピアノはその価値が見直されるにつれて値段がこれから上がっていくような気がするので、変に手を加えられる前のオリジナルのものを購入しておきたい。
あの深みのある濃い緑の色がなんとも言えなくいいのに変に塗装されると・・
塗装も音に影響してくるからオリジナルがやはりいい。
海外のピアノが日本にくると気候や環境で日本のピアノになってしまうとはよく聞くけど、オーハシは日本で良き音が出るよう追求して作った日本のピアノなのでまさに日本のピアノの頂点を極めた音なのではと思う。
今は希少過ぎて手に入れることが困難だけれどいつかは我が手にと思う一台。ながちゃんが料理は作る人の心がこもると味が変わると言っていたけど、そんなピアノに対する大橋親子の想いがこもっているピアノだと思う。
グランドもあるみたいだけどお目にかかったことすらない・・
"DIAPASON" ディアパソンピアノも大橋幡岩氏がデザイン、設計したメーカー。
製造メーカーの浜松楽器自体も氏が立ち上げたらしいですね。現在はカワイ系列のピアノになっています。
初期モデルには鉄骨に”OHHASHI DESIGN”と入っています。ディアパソンはどこまで幡岩氏の意思が入り手作りでやっていたのかあまり定かではない感じです。ほんとの初期だけかもしれないです。
ただその設計やなんかは受け継がれているのでしょうね。
太っ腹なながちゃんに焼肉おごってもらい、腹も心も満たされ慰安旅行でいないぽんたさんのいない家に帰り事務仕事しながら眠りについた。
岐阜のミュージックワールドへ向かい途中マックで昼御飯。いろんなところのマックに行っているのでそのうちマックマニアになりそうだ。ながちゃんの言ってたようにここのマック昼になるとすごい人。12時回ったら一気に人が入ってきた。外回りは基本ひとりなので昼御飯がさびしいけどひとりのほうが気楽だったりもする。
しばし待ってたらながちゃんきて作業開始。ピアノ内部の錆落としから始まり、弦の交換、アクションの調整と進めていった。おやじさん店番をしていていろいろと技術的な事をアドバイスしてもらえた。
順調に調整も終了し思ったよりいい感じになった。これで自信を持って納められる。
いい時間になったのでながちゃん行きつけの近くの焼肉屋へ。初めて馬刺を食べた。触感はぬめっとしてるけどタレに付けるとこれが美味。いい体験した。他の肉もおいしくまたきてみたい店だった。
車なので呑めなかったけど食べながらいろんなこと語った。ながちゃんが最近危惧してる世界の食糧事情や自営業の人間にしか解らない辛さなど語り合った。自分は人との会話で本音を語る瞬間がたまらなく好きだ。うわべだけの会話なんてつまらない。
人生やお互いの考えについて真剣に熱く語る。
こういうのいいね。
良いものを求めるということに対してはながちゃんとは共感するところあり話はピアノの構造、デザインや材料にまで至った。彼は建築関係の勉強をしてきているのでピアノに対する見方もその構造的な視点で興味深い。
何故今のピアノが現在の姿に至ったのか?日々ピアノに接していくなかで解ることがあるらしい。余分なものは何もなく今の形で完成されたピアノ。外見のシンプルさからは想像もつかない中の複雑な構造。考えれば考えるほど不思議で魅力的なものだ。だから人を惹き付けて止まないのだろう。
工房時代、数多くのピアノを見てきたけど、その構造も材料も実に様々だと感じた。
特に印象的だったのはたまに入ってきたスタインウェイのアップライトと大橋ピアノ。僕はスタインウェイ信者じゃないけどその構造や多くのピアニストや調律師がいいと言うのがよくわかる。
ピアノを横に倒して下から見ると、あまり木材のことに詳しくない自分が見ても質のよい木材を使っているのがわかる。アップライトであってもその構造は独特だしアップライトとは思えないとんでもない音が出る。そのぶん値段も標準の3倍以上だけど…
そしてもうひとつは大橋ピアノ。このOHHASHIピアノは国産最高品だと疑わないピアノ。その細部まで手抜きのない作り、材質もすごく高級ではないけど良かったように思う。贅沢はしてないけど現状で手に入るいいもの使ってますみたいな。で、音はえもいわれぬと言う感じ。これが日本のピアノじゃ!みたいな。
▼OHHASHI ピアノ
大橋ピアノ研究所
創業者:大橋幡岩(はたいわ)氏
浜松市で、親子二代に渡って、国産最高水準のピアノメーカー、大橋ピアノ研究所にて一切の妥協を許さず製作された、一台一台とても品質の高い手作りのピアノ。創業(昭和34年)から自主廃業(平成7年)まで、4639台を製品出荷。
参考文献
人技あればこそ、技人ありてこそ
絶版本
http://www.fukkan.com/fk/VoteDetail?no=24887
この本自体もすでに絶版。日本のピアノ史において貴重な資料だけれど手に入れるのは困難とのこと。アマゾンでも在庫0で中古書籍が出るまで買えない・・
大橋ピアノはその価値が見直されるにつれて値段がこれから上がっていくような気がするので、変に手を加えられる前のオリジナルのものを購入しておきたい。
あの深みのある濃い緑の色がなんとも言えなくいいのに変に塗装されると・・
塗装も音に影響してくるからオリジナルがやはりいい。
海外のピアノが日本にくると気候や環境で日本のピアノになってしまうとはよく聞くけど、オーハシは日本で良き音が出るよう追求して作った日本のピアノなのでまさに日本のピアノの頂点を極めた音なのではと思う。
今は希少過ぎて手に入れることが困難だけれどいつかは我が手にと思う一台。ながちゃんが料理は作る人の心がこもると味が変わると言っていたけど、そんなピアノに対する大橋親子の想いがこもっているピアノだと思う。
グランドもあるみたいだけどお目にかかったことすらない・・
"DIAPASON" ディアパソンピアノも大橋幡岩氏がデザイン、設計したメーカー。
製造メーカーの浜松楽器自体も氏が立ち上げたらしいですね。現在はカワイ系列のピアノになっています。
初期モデルには鉄骨に”OHHASHI DESIGN”と入っています。ディアパソンはどこまで幡岩氏の意思が入り手作りでやっていたのかあまり定かではない感じです。ほんとの初期だけかもしれないです。
ただその設計やなんかは受け継がれているのでしょうね。
太っ腹なながちゃんに焼肉おごってもらい、腹も心も満たされ慰安旅行でいないぽんたさんのいない家に帰り事務仕事しながら眠りについた。









でも 違うと思うけど 何か頭に残ってます。