刈谷市美術館 内藤ルネ展
2008-06-02(Mon)
内藤ルネ展 “ロマンティック”よ、永遠に
2008年 4月26日|土|−6月1日|日|
開館時間
9:00〜17:00(入館は16:30まで)
休 館 日
4月28日(月)、30日(水)・5月7日(水)、
2日(月)、19日(月)、26日(月)
入 場 料
一般:800円(600円)、高大生600円(400円)
*中学生以下は入場無料。
*( )内は前売及び20名以上の団体料金。
*身体障害者・精神障害者保健福祉・療育の各手帳所持者
及び付き添いの方(1名)は入場無料。手帳をご持参ください。
刈谷市美術館ホームページ
↓
http://www.city.kariya.lg.jp/museum/runenaitoi.html
内藤 ルネ(ないとう るね、1932年(昭和7年)11月20日[1] - 2007年(平成19年)10月24日)は、愛知県岡崎市出身のイラストレーター、デザイナー。本名は内藤功(ないとういさお)。
19歳で抒情画家の中原淳一に師事し、1950年代半ばから 『ジュニアそれいゆ』 など少女雑誌にイラストや人形作品を発表。童顔でファッショナブルな少女画で人気を博し、口絵や付録、人形や雑貨のデザインなどで幅広く活躍したほか、1971年に発表した「ルネパンダ」は、翌年の日本でのパンダブームのさきがけとなった。 1990年代、趣味で集めた人形の美術館の計画で詐欺に遭い、ほぼ全財産を失うが、僅かに残された静岡県修善寺町の土地に、2001年「内藤ルネ人形美術館」を開館させた。2002年、東京で初の回顧展が開かれたのを機に新たなファンを獲得。かつて出版した著書が復刻されるなど再び脚光を浴びた。 また、長年に渡り男性同性愛雑誌の 『薔薇族』 で表紙を描いたが、2005年に出版した自伝の中で同性愛者であることを告白した。
2007年10月24日、急性心不全のため死去。享年74。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
刈谷のお客様に教えていただいた内藤ルネ。岡崎出身のアーティストと言うことで興味わきました。
画風がとてもかわいらしく若い子の間でも人気あるようです。他の展覧会とは違った雰囲気がありますね。内藤ルネを知らずに行っても見るだけでも楽しめそうです。
昨年亡くなられたとのことですが、昭和の戦争の時代を生きながらこのようなロマンテッィクな絵を描き続けた生涯は人々に夢を与え続けたことでしょう。
2008年 4月26日|土|−6月1日|日|
開館時間
9:00〜17:00(入館は16:30まで)
休 館 日
4月28日(月)、30日(水)・5月7日(水)、
2日(月)、19日(月)、26日(月)
入 場 料
一般:800円(600円)、高大生600円(400円)
*中学生以下は入場無料。
*( )内は前売及び20名以上の団体料金。
*身体障害者・精神障害者保健福祉・療育の各手帳所持者
及び付き添いの方(1名)は入場無料。手帳をご持参ください。
刈谷市美術館ホームページ
↓
http://www.city.kariya.lg.jp/museum/runenaitoi.html
内藤 ルネ(ないとう るね、1932年(昭和7年)11月20日[1] - 2007年(平成19年)10月24日)は、愛知県岡崎市出身のイラストレーター、デザイナー。本名は内藤功(ないとういさお)。
19歳で抒情画家の中原淳一に師事し、1950年代半ばから 『ジュニアそれいゆ』 など少女雑誌にイラストや人形作品を発表。童顔でファッショナブルな少女画で人気を博し、口絵や付録、人形や雑貨のデザインなどで幅広く活躍したほか、1971年に発表した「ルネパンダ」は、翌年の日本でのパンダブームのさきがけとなった。 1990年代、趣味で集めた人形の美術館の計画で詐欺に遭い、ほぼ全財産を失うが、僅かに残された静岡県修善寺町の土地に、2001年「内藤ルネ人形美術館」を開館させた。2002年、東京で初の回顧展が開かれたのを機に新たなファンを獲得。かつて出版した著書が復刻されるなど再び脚光を浴びた。 また、長年に渡り男性同性愛雑誌の 『薔薇族』 で表紙を描いたが、2005年に出版した自伝の中で同性愛者であることを告白した。
2007年10月24日、急性心不全のため死去。享年74。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
刈谷のお客様に教えていただいた内藤ルネ。岡崎出身のアーティストと言うことで興味わきました。
画風がとてもかわいらしく若い子の間でも人気あるようです。他の展覧会とは違った雰囲気がありますね。内藤ルネを知らずに行っても見るだけでも楽しめそうです。
昨年亡くなられたとのことですが、昭和の戦争の時代を生きながらこのようなロマンテッィクな絵を描き続けた生涯は人々に夢を与え続けたことでしょう。









