調律師からみた映画ピアノマニア
2012.04.16 Mon
映画、ピアノマニア見てきました。ようやく、仕事の合間に時間を作れ、終了してしまう前に間に合いました。
東区は東桜にある名演小劇場。前の職場である楽器店がすぐ近くなのでお昼ときなどたまに散歩してたので存在は知ってましたが映画館だったのですね。昔ながらの雰囲気ある、子供のころにあったような映画館です。
>名演小劇場

名演小劇場 posted by (C)sarapiano
大きな地図で見る
この映画、最初に調律学校時代の同期から電話で聞き、お客さんからもお手紙をいただき知りました。
調律師が主役の映画なんてそうそうあるもんじゃない。普段は脇役の私たちとしては少し心躍るものでした。
実際は映画と言ってもドキュメンタリーになっていて実際の作業風景をそのまま撮って編集したと言う感じです。
調律師の作業風景と言っても今回はコンサートチューナーのドキュメントでした。
コンサートチューナーとはコンサートなどの仕事を中心に活動しているいわば花形の調律師です。調律師になろうと思う人は一度はここを目指すのではないでしょうか?
一般に調律師とひとくくりに言いますがその実態はさまざま。家庭まわりをひたすらやる人から工房に一日こもっている人、コンサート調律専門の人、営業や経営がメインの人。それらがまざったりしながらいろんなタイプの調律師が形成されてます。
映画に登場するピアノ調律師はシュテファン・クニュップファーと言うかた。スタインウェイで技術を学んだっぽいですが、独立して活動している感じでしたね。自分の工房持って時間の使い方が自由でしたし、とことんまでピアニストの要求に応えようと思ったら必然的にそうなります。
ピアニストはブレンデルやランランと言った知ったお顔が出てきますが、映画の核となるのはフランス人ピアニスト・ピエール=ローラン・エマール(Pierre-Laurent Aimard, 1957年9月9日 - )です。
私このかたのことはよく知りませんでした。あまり日本では知名度ないような気がします。
とにかく音色に対する要求が細かい感じでしたが、いくつか思うことろもあったので書いてみようと思います。
今回はCDへの録音風景とのことで楽器の選定から始まり楽曲に合う音色をシュテファンが作っていくと言うものでした。
まあその際なんとも型破りなこともしてまして、テニスボールでの試弾機やピアノに取り付ける反響板などなど、見たことない感じ。
その前にピアノの選定があるのですが、スタインウェイ&サンズ社に赴き数あるD型の中から選ぶというなんとも贅沢極まりないことしてました。D型に一台一台個性がはっきりあるのは音色を聴いていておもしろかったです。
ピアニストエマールの要求はバッハの録音いわゆる”古典の演奏”をいかに頭に思い描いている音色で録音するかと言うことです。そのために録音に合うピアノを探してくれと調律師に要求してました。
ホールの中にもたくさんのコンサートグランドのストックがあるようで音色を聴いたりしてましたね。これは日本のホールにはないことで、通常1ブランドは1台しか置いてないところがほとんどです。ましてスタインウェイのD型がわんさか置いてあるなんてありえないです。
日本では大抵の場合ピアニストはピアノを選ぶことなんてできないし、調律師もあまりピアノに手を加えられません。
ハンマーへの針さしを禁止していたりタッチ変更などもできなかったりします。と言うかこれらピアノに変化を加えることはできません。それでも無理やりやってしまう人を知ってますが、やはりそのホールからは目を付けられ出入り禁止みたいな感じです。 信念があるのでしょうがどうしようもできないのが現実です。一台しかないわけですし・・
しかしながら与えられた環境で素晴らしい演奏をするのがプロたるピアニストと思っていましたがこの映画の語るところは少し違うようです。
演奏者の技法で音色を変える以前に楽器の音色を調整すると言うこと。もちろん技法も古典にして更に楽器もそれに近付けると言うことでしょうけど。
途中で見ながらチェンバロ等で録音すればいいじゃないと思ってしまいました。笑
まそれは置いといてもスタインウェイ以外のピアノは選択肢に入ってなかったのは違和感を感じました。
映画の舞台がウィーンのためベーゼンドルファーもピアノ庫でチラッと写るのですが、見向きもされない感じです(見向きしないような撮り方)。この辺りがスタインウェイ社の宣伝用映画なのかなと思わざるを得ませんでした。
とは言ってもやはり”スタインウェイ”が選ばれるのも理由があるわけで、今回のようにある程度音色を自在に変化させられるのもその要因かなと思いました。もともとの音がホールの隅々まで届くと言うのもあるのですが、他のブランドほどあくが強くなく純粋にピアノの音と言えばこれみたいなところがあるので演奏者の意図するところが表現しやすいのかなと思いました。
実際に映画のなかで音色を作っていく場面があるのですが、エマールはユニゾンのうなりまでとらえていて細かく指摘していました。その聴き方、聴こえ方は我々調律師のうなりの振動を聞いているのとは違うのかもしれませんが音色に対する表現はうなりの出かたと共通していました。
1つのキーに3本ある弦をどう合わせてひとつの音として聞かせるか。ふくらみを音の立ち上がりから出すのか遅れて出すのか等、さすがに次元の高いピアニストには聴こえているのです。
調律も音楽を作る重要な要素、いや適切な調律がなされていなければ意図する音楽を表現することができないと言う感じですね。それはかなり細かい音色まで聴いて演奏していると言うことです。
こと録音と言うことになればそれの極限まで追求することになり、反対にコンサートのような場面では調律の狂いや違和感と言ったものはその場で耳で調節して音楽を聞かせると言うことになるのかなと思う。
しかしまあ、録音は極限まで追及した世界とは言え編集作業でどうにでもなる。それが生きた音楽なのかと言うとどうなのかなと思うし自分的にはライブの一回きりの場面で生み出される音楽が好きかなと思う。
音楽は保存するものと言うよりその場で消えてなくなるものだと思うしその場の空気感が大事かななんて言う持論はあります。
録音は録音で後世に残るし、楽曲やピアニストを広く知ってもらううえではいいと思うけど再生機器によっては作り手の意図したものが伝わりきるとは思えないしそれはライブのものとはまったく別物なんだなと思う。
話がそれましたが、とにかくこのシュテファンと言う調律師もたしかに凄腕でピアニストの要求に応えるところはまさに”調律師”だなと思いました。柔軟に人に対しても対応できそうで適任と言った感じ。
日本のたまにいらっせる融通きかないベテランコンサートチューナーとは違いますね。
シュテファンが日本の技術者に対して触れる場面もあり、少し小バカにしてる感じでしたがたしかにと思うところではありました。
日本の技術者がきたとき響板に”ほこり”があるのを見つけて、シュテファンにほこりがありましたよと得意げに言ってきたと言うような場面。
あの場面で言いたかったのはもっと他に重要なところがあるのに、そこ?みたいなことでしょう。
細かいところまで気を遣い過ぎるくらい遣うのが日本人であって重要なポイントをおさえるのが向こうのできる人といった感じです。
限られた時間のなかで結果を出すには何をしなければいけないのか選択し、要領のよさと言うかある意味したたかさが必要かなと思います。そうでないとシュテファンのようなプレッシャーのかかる仕事ばかりしている人はまじめ過ぎたら精神的にやられます。
勉強になったと言うか、自分の思っていたことと符合したこともいくつか。
調律やハンマーへの整音時に音色を作るときのイメージがないと作りようがないので普段からいろいろな楽器の演奏を聴き吸収することが大事だと改めて思いました。
それが向こうにいると自然に身に付いていくと言うことなのかもしれません。ウィーンなんかはふらっと大聖堂に入ればパイプオルガンや聖歌隊のコーラスが聞こえてきたり、街を歩けば鐘の音色が聞こえてきたりと触れる機会も多いです。
それでもシュテファンはエマールの思い描く音色は作れなくて、コミュニケーションを取りながら再現していたように思います。D型のハンマーを新しいものに換えて、それをバッハの録音に使おうなんてエマールの音色に対する考えを聞いていたんかいあんたはとツッコミたくなりましたが・・
映画ピアノマニアは調律師のための勉強ビデオと言った感じですね。
私にはとても興味深く良かったですが、一般のかたはどうだったのでしょう?!狭い劇場でしたが10人も入ってなかったです(笑
追記:各方面から指摘があったので補足です。
名古屋の公開した名演では動員数が好調で期間を延長したとのことです。私は最後のほうに行ったので少なかったようです。たしかに公開されてまもなくして見に行かれた知人のかたによりますと満席だったとか聞いてます。
小さな劇場でしたがたくさんのかたにこの作品を見てもらえたようで嬉しいです。マニアックな調律師の仕事を少しでも理解してもらえれば幸いです。

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東区は東桜にある名演小劇場。前の職場である楽器店がすぐ近くなのでお昼ときなどたまに散歩してたので存在は知ってましたが映画館だったのですね。昔ながらの雰囲気ある、子供のころにあったような映画館です。
>名演小劇場

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この映画、最初に調律学校時代の同期から電話で聞き、お客さんからもお手紙をいただき知りました。
調律師が主役の映画なんてそうそうあるもんじゃない。普段は脇役の私たちとしては少し心躍るものでした。
実際は映画と言ってもドキュメンタリーになっていて実際の作業風景をそのまま撮って編集したと言う感じです。
調律師の作業風景と言っても今回はコンサートチューナーのドキュメントでした。
コンサートチューナーとはコンサートなどの仕事を中心に活動しているいわば花形の調律師です。調律師になろうと思う人は一度はここを目指すのではないでしょうか?
一般に調律師とひとくくりに言いますがその実態はさまざま。家庭まわりをひたすらやる人から工房に一日こもっている人、コンサート調律専門の人、営業や経営がメインの人。それらがまざったりしながらいろんなタイプの調律師が形成されてます。
映画に登場するピアノ調律師はシュテファン・クニュップファーと言うかた。スタインウェイで技術を学んだっぽいですが、独立して活動している感じでしたね。自分の工房持って時間の使い方が自由でしたし、とことんまでピアニストの要求に応えようと思ったら必然的にそうなります。
ピアニストはブレンデルやランランと言った知ったお顔が出てきますが、映画の核となるのはフランス人ピアニスト・ピエール=ローラン・エマール(Pierre-Laurent Aimard, 1957年9月9日 - )です。
私このかたのことはよく知りませんでした。あまり日本では知名度ないような気がします。
とにかく音色に対する要求が細かい感じでしたが、いくつか思うことろもあったので書いてみようと思います。
今回はCDへの録音風景とのことで楽器の選定から始まり楽曲に合う音色をシュテファンが作っていくと言うものでした。
まあその際なんとも型破りなこともしてまして、テニスボールでの試弾機やピアノに取り付ける反響板などなど、見たことない感じ。
その前にピアノの選定があるのですが、スタインウェイ&サンズ社に赴き数あるD型の中から選ぶというなんとも贅沢極まりないことしてました。D型に一台一台個性がはっきりあるのは音色を聴いていておもしろかったです。
ピアニストエマールの要求はバッハの録音いわゆる”古典の演奏”をいかに頭に思い描いている音色で録音するかと言うことです。そのために録音に合うピアノを探してくれと調律師に要求してました。
ホールの中にもたくさんのコンサートグランドのストックがあるようで音色を聴いたりしてましたね。これは日本のホールにはないことで、通常1ブランドは1台しか置いてないところがほとんどです。ましてスタインウェイのD型がわんさか置いてあるなんてありえないです。
日本では大抵の場合ピアニストはピアノを選ぶことなんてできないし、調律師もあまりピアノに手を加えられません。
ハンマーへの針さしを禁止していたりタッチ変更などもできなかったりします。と言うかこれらピアノに変化を加えることはできません。それでも無理やりやってしまう人を知ってますが、やはりそのホールからは目を付けられ出入り禁止みたいな感じです。 信念があるのでしょうがどうしようもできないのが現実です。一台しかないわけですし・・
しかしながら与えられた環境で素晴らしい演奏をするのがプロたるピアニストと思っていましたがこの映画の語るところは少し違うようです。
演奏者の技法で音色を変える以前に楽器の音色を調整すると言うこと。もちろん技法も古典にして更に楽器もそれに近付けると言うことでしょうけど。
途中で見ながらチェンバロ等で録音すればいいじゃないと思ってしまいました。笑
まそれは置いといてもスタインウェイ以外のピアノは選択肢に入ってなかったのは違和感を感じました。
映画の舞台がウィーンのためベーゼンドルファーもピアノ庫でチラッと写るのですが、見向きもされない感じです(見向きしないような撮り方)。この辺りがスタインウェイ社の宣伝用映画なのかなと思わざるを得ませんでした。
とは言ってもやはり”スタインウェイ”が選ばれるのも理由があるわけで、今回のようにある程度音色を自在に変化させられるのもその要因かなと思いました。もともとの音がホールの隅々まで届くと言うのもあるのですが、他のブランドほどあくが強くなく純粋にピアノの音と言えばこれみたいなところがあるので演奏者の意図するところが表現しやすいのかなと思いました。
実際に映画のなかで音色を作っていく場面があるのですが、エマールはユニゾンのうなりまでとらえていて細かく指摘していました。その聴き方、聴こえ方は我々調律師のうなりの振動を聞いているのとは違うのかもしれませんが音色に対する表現はうなりの出かたと共通していました。
1つのキーに3本ある弦をどう合わせてひとつの音として聞かせるか。ふくらみを音の立ち上がりから出すのか遅れて出すのか等、さすがに次元の高いピアニストには聴こえているのです。
調律も音楽を作る重要な要素、いや適切な調律がなされていなければ意図する音楽を表現することができないと言う感じですね。それはかなり細かい音色まで聴いて演奏していると言うことです。
こと録音と言うことになればそれの極限まで追求することになり、反対にコンサートのような場面では調律の狂いや違和感と言ったものはその場で耳で調節して音楽を聞かせると言うことになるのかなと思う。
しかしまあ、録音は極限まで追及した世界とは言え編集作業でどうにでもなる。それが生きた音楽なのかと言うとどうなのかなと思うし自分的にはライブの一回きりの場面で生み出される音楽が好きかなと思う。
音楽は保存するものと言うよりその場で消えてなくなるものだと思うしその場の空気感が大事かななんて言う持論はあります。
録音は録音で後世に残るし、楽曲やピアニストを広く知ってもらううえではいいと思うけど再生機器によっては作り手の意図したものが伝わりきるとは思えないしそれはライブのものとはまったく別物なんだなと思う。
話がそれましたが、とにかくこのシュテファンと言う調律師もたしかに凄腕でピアニストの要求に応えるところはまさに”調律師”だなと思いました。柔軟に人に対しても対応できそうで適任と言った感じ。
日本のたまにいらっせる融通きかないベテランコンサートチューナーとは違いますね。
シュテファンが日本の技術者に対して触れる場面もあり、少し小バカにしてる感じでしたがたしかにと思うところではありました。
日本の技術者がきたとき響板に”ほこり”があるのを見つけて、シュテファンにほこりがありましたよと得意げに言ってきたと言うような場面。
あの場面で言いたかったのはもっと他に重要なところがあるのに、そこ?みたいなことでしょう。
細かいところまで気を遣い過ぎるくらい遣うのが日本人であって重要なポイントをおさえるのが向こうのできる人といった感じです。
限られた時間のなかで結果を出すには何をしなければいけないのか選択し、要領のよさと言うかある意味したたかさが必要かなと思います。そうでないとシュテファンのようなプレッシャーのかかる仕事ばかりしている人はまじめ過ぎたら精神的にやられます。
勉強になったと言うか、自分の思っていたことと符合したこともいくつか。
調律やハンマーへの整音時に音色を作るときのイメージがないと作りようがないので普段からいろいろな楽器の演奏を聴き吸収することが大事だと改めて思いました。
それが向こうにいると自然に身に付いていくと言うことなのかもしれません。ウィーンなんかはふらっと大聖堂に入ればパイプオルガンや聖歌隊のコーラスが聞こえてきたり、街を歩けば鐘の音色が聞こえてきたりと触れる機会も多いです。
それでもシュテファンはエマールの思い描く音色は作れなくて、コミュニケーションを取りながら再現していたように思います。D型のハンマーを新しいものに換えて、それをバッハの録音に使おうなんてエマールの音色に対する考えを聞いていたんかいあんたはとツッコミたくなりましたが・・
映画ピアノマニアは調律師のための勉強ビデオと言った感じですね。
私にはとても興味深く良かったですが、一般のかたはどうだったのでしょう?!狭い劇場でしたが10人も入ってなかったです(笑
追記:各方面から指摘があったので補足です。
名古屋の公開した名演では動員数が好調で期間を延長したとのことです。私は最後のほうに行ったので少なかったようです。たしかに公開されてまもなくして見に行かれた知人のかたによりますと満席だったとか聞いてます。
小さな劇場でしたがたくさんのかたにこの作品を見てもらえたようで嬉しいです。マニアックな調律師の仕事を少しでも理解してもらえれば幸いです。

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