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音の違い考察

2019.02.26 Tue

昨日調律へお伺いした保育園、今回で3年目だけれど気になる事がある。

市内の保育所をまわって何台かやるなかで、かたや音があまり鳴らない、ピン味は普通、モコモコな音、かたや音が鳴りまくり、渋滞ピン、派手な音のグランドピアノがある。

2台とも同じヤマハのG2Eで納入時期は同じ。
しかも建物のかたちまで一緒で置いてある場所も一緒、メンテナンスをしてきた時期も一緒で調律師も一緒(計10人くらいは関わっているけれど毎年それぞれ同じ調律師)

なのに明らかに2台は別物のピアノになってしまっている。
ここまでくると元々の個体差が大きいのだろうけど、精密にピアノを造る事にかけて世界一のヤマハの工場で作られたものであっても違いが出てしまっている。それが年数経つとこうも差が出てくるのかと興味深いものがありました。

これまで違う条件に置かれている同じ機種を比べることは多々ありましたが、同じ条件下での比較はなかったと思うのでよい経験となりました。


最近調律師の映画や漫画、テレビのドキュメンタリーなどで一般的にも調律師の存在が一般的になったからなのか公共の施設で調律していると声をかけられる事が増えた気がします。
昨日も年配の男性のお掃除にきていたかたに映画で見たけど調律の仕事を見たのは初めてだと話しかけられました。
全国で何人いるのか?とか聞かれて、想定外の質問に答えられなかったです…

だいたい3.4千人くらいみたいですが、もっと多いと思ってました。調律学んだ事あると言う人を含めると1万人は超えそうですが、そのなかで毎日のように活動したいるのは1千人くらいなのかなと思います。

どんな業界でもそうですが、メディアの影響でこの職業はこうだと形作られるところはありますが、私自身はこれまで紹介されてきたどの調律師の姿も理想とは思っていないです。それぞれが追い求める形があってよいと思うし自分自身が納得するのが一番だと思います。


さて音の違いの話に戻るのですが、最近録音について考えさせられる事が多々あります。

特にアコースティックの音を録音して聴く事に限界を感じられずにはいられません。

時にはまったく別物と感じるときもあり、録音だけで判断してしまうのは違うなと感じてます。

近年の電子系の音や元々電気を使っているものは相性としては良いので再現性は高そうですが、それでもライヴとは全然違うと言わざるを得ません。

どんな機材で聞くのかが重要と思いますがそれによって大きく左右されてしまいます。

前に真空管アンプでグールドのベートーヴェンを聴いたときにその音の厚みに驚いたのを覚えてます。
最近はLPでも聴くようにしているのですが、やはり当然ながら生演奏が一番です。

なので一度生演奏を聴いてしまえばその記憶を頼りにCDなども効果的に聴く事ができます。この環境だとこう聴こえるけどほんとはこういう感じだよね、と言うふうに。

その意味では録音は怖いと言うか、それだけを聞いて判断されてしまう危険性があると言う事です。

録音映えする演奏とそうでない演奏があると思っていて、例えば録音で評価されやすいのは演奏の解釈が音符上でハッキリとしたものであったり演奏自体が個性的な演奏、極端な例ではグレングールドとかランランとかわかりやすく言えばインパクトのあるもの。

逆に伝わりにくいのは音色の美しさに重きを置いた演奏などであって、その重要な要素である倍音が録音で伝わらないとどこかスケールの小さな演奏と感じてしまう。
これらの演奏は生演奏を聴かないと良さが伝わりにくい。

有名どころではエフゲニーキーシンがそれにあたると思っていて、あのコンサートでの聴衆の熱狂的なまでの興奮を与える要素がCDでは伝わってこない。
録音だとなにか整然としたたわいもない演奏に聴こえるのは私だけだろうか?

以前にキーシンが好きでコンサートも毎回行っていると言うかたとお話したときにその話をしたら自分とは意見が違っていた。
それは再生装置がよいからなのか、コンサートへ行っているのでCDで聴いたときも脳内で増幅されて聴いているのでは?と思ったのですが…

いずれにしてもたしかな耳がないのにCDの録音やましてやyoutubeなどでクラシックの演奏を判断してしまうのは危険だなと感じます。

私自身も録音でこの人は実際にはこんなものかな、とか足し算引き算して聴いたりしてますが完全に判断できるわけではないのでなるべく生演奏やいろいろなホールでの響きの経験を増やしていきたいと思ってます。


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