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美品 アップライトピアノ

2008.08.04 Mon


先日査定に行ったアップライトピアノの詳細です。


ブランド名 KAWAI   機種 Ki57FC   色 艶消し茶


驚くほど中とてもきれいで錆やカビ等ないです。
外は右の曲線の部分(腕木と言います)に1本スリキズがある程度。

調律も定期的にされていて音良く鳴っています。

大切に保管されていましたので全体的な状態はかなり良好です。

興味あるかたは連絡下さい。

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テーマ:楽器 - ジャンル:音楽

精神崩壊? 08/8月3日の日記

2008.08.04 Mon

朝起きおやじと前日のキャンプ用品の片付け。暑い中扇風機かけて事務仕事終わらせ名古屋へ向かった。

宗次ホールでのピアノリサイタル。平原誠之と言う最近出てきたピアニスト。ピアノショップG店から案内もらい、専門校時代の恩師Kさんが協賛されてるとの事で聴きにいくことに。せっかくなので刈谷市の音楽好きのお客さんTさんをお誘いしていた。ホールへ早めに到着し待っているとTさんこられ合流。ホールには珍しく飲食できるスペースがありアイスコーヒーをいただきながらお話をして待っていた。

時間になり開演となった。このホールは2回目だけれどピアノを聴くのは初めてで楽しみにしてた。

全く知らないピアニストなのでホームページは事前にチェックしていたけど、独特なキャッチフレーズで売り込んでいる感じだった。

ピアニスト平原誠之公式サイト>ブラービ音楽事務所

最近ではみんなある程度上手な人が多いのでなにか特徴がないと聴く人にインパクトが与えられない。そういう意味ではこのピアニストはその個性を前面に出し売りにしているのかと思い、それを確かめたい思いで臨んだ。

舞台に現われたピアニストは手を合掌し拝むようなしぐさで客席にあいさつ。出てきた瞬間からなにかに成りきっているという印象。その演奏ははたしてどうなんだろう。

間もなく演奏が始まった。いきなり自作の曲でのスタート。
凡人では作り出せない音楽だった。聴いたことあるようなフレーズもあるのだけれど完成度が高い。
自作に続いては編曲したものを数曲演奏した。これが素晴らしかった。超絶的な演奏に耐えうるテクニックを持ち合わせていることが判明。その演奏スタイルも実に独特。手を振りかざし客席のほうを向いて弾いたかと思えば、天を仰ぎながら演奏。
編曲ものに続いてクラシックのスタンダードに入ったけれど、ショパンエチュード”別れの曲”など体をのけぞり天井を見ていて鍵盤を見ていない。あの態勢でよくあれだけ繊細に弾けるなと思い感心。

横に座ってらしたG店のかた、あまりのパフォーマンスに最初は笑いをこらえていたが、これくらいからその笑みが消えた。それをパフォーマンスと呼ぶべきかはわからないけど、彼は徹している。どんなに滑稽でかっこ悪いと思えるようなことも中途半端でなく徹していればいつしかすごく思えてくる。

もちろん演奏のほうも音の出し方が繊細で、真剣に聴かざるを得ないことになっていた。横に座っていたTさん、リラックスして癒されにきたのにあまりに真剣に聴くことになり肩がこってしまったとのこと。自分はそこまでではなかったけれどわかる気がする。

クラシックの定番曲を弾いてくれたけど、その演奏は実に自由奔放で独特と言うかその枠を飛び出してた。
クラシック音楽は一般に再現芸術と呼ばれる。
曲は完成していて余分なものは一切ないと定義づけられている。なので音を加えたり少なくしたりすることは一般的には許されない。そのテンポや強弱もある程度暗黙のうちに制約がある。一般的に作曲者が意図したであろう音楽を限りなく忠実に再現することが求められる。
しかし今回の演奏は明らかにそれを逸脱していた。幻想即興曲をあのようにテンポ強弱を自由に弾く人は初めてだ。クラシックの巨匠にはテンポやリズムを明らかにずらし弾くピアニストもいるけれどその比じゃない。クラシックで崩して許される範囲があるとするなら、それを飛び出していた。自作の曲同様、彼の個性によって名曲は再構築されていた。そこにリストやショパンはいなかった。

前半終わって少しぐったりして時計を見たらすでに1時間半近く・・
確かに長かった。休憩中Kさんが舞台に出てきて調律の手直ししていた。ホールは狭いのでよく聴こえる。

後半始まり難曲ばかりの疲れも知らず更に全力投球。しかも激しく体を揺らし動かしながらなので相当消耗するはず。でもカンパネラやリストの難曲に挑む。Tさんがおっしゃってた、彼は闘っているようだと。

後半も終わりに近づき自作の曲を演奏。戦争や震災をテーマにしているような曲で低音の連打が続く。舞台は照明により赤く照らされ演出された。この宗次ホール、舞台からの距離が近くもろに音が体にくる感じ。低音弦の金属的な倍音の音が耳から離れず、しかも視覚的な効果もあいまって途中から気分悪くなってしまった。心臓はばくばく言って正直早く終わってくれーと言った感じ。ある意味催眠とか洗脳にかけられるような気分で途中まで抵抗していたけど、ついには自分が破壊されてしまった。
ここまでの状態にさせてしまうなんてある意味音楽の力か、それとも単にピアノの音に敏感すぎて耐えられなかったのか・・  音楽のテーマとあいまって気分のいい音楽ではなかったことは確か。これが芸術だろうか。再現する芸術でとはなく、ほんとに芸術は爆発だーっと言った感じの危険な芸術。怒りや悲しみ喜びをありのままぶつける芸術。ストレート過ぎてあまりにも危険だ。

終了したら実に3時間近くも経っていた。このピアニストの正体を確かめにと言うか暴きに行ったけれど、ますますわからなくなってしまった。単なるパフォーマンスで終わる次元ではないと言うことはわかるのだけれど、ほんとにわからない。
音楽は耳で感じるものなので目で見たものはあまり信じないことにしている。特にクラシックはその傾向が強いと思う。ロック歌手やアイドルは見た目やパフォーマンスもある意味重要だと思う。クラシックも見た目重視に傾きつつあるけれど、基本音楽で感動や共感をよばなければ意味がないし、またそれが本来重要視される。いくらアイドルチックな演奏家でも下手くそだったら次回から聴く気はおこらない。クラシック音楽が好きな人ならなおさらだと思う。外見なんかどうでもいいからとりあえず感動できるものを、と言った感じ。
なので目を閉じて聴くことが多い。この日もあまりの身振り手振りに集中して音楽が聴けなくなり途中から目を閉じていた。その見た目、弾き方で聴衆をひきつけているのかと思いきや、それだけじゃないと思った。
だからますますわからなくなった。未熟な技術をカバーするような見た目、言動ではないとは感じた。
そんな技術は多くの人が今は持ち合わせているので、それにプラスと言うことなのだろうか?

その人の持ってる”オーラ”がもしあるとしたら、何もしなくてもにじみ出てくるものだとは思うのだが。
聴衆がそれを感じられなくなっているのか、それを自然に発するアーティストがもはやいないのか。
ますますわからない・・

結局予定より長くなったので慌てて次の白川ホールへ移動することに。日本に1台しかない機種のベーゼンを持ってると言うかたが近くにいてもっと話をしたかったけれど、きりあげてTさんには申し訳なかったけれど宗次ホールをあとにした。
車でぶっとばして10分もかからないくらいで着。昼から続けてずっとやってた名フィルの日コンサート。ホール内駆け上がるも係りの人に制止され演奏中待つことに。プログラム見たらH先生の番がちょうど終わったところだった・・
ショックでしばらく立ち直れなかった。名フィルのフルオーケストラでTVやホールで聴くことはあっても先生のアンサンブルで音を聴く機会はそうはない。楽しみにしていただけにほんとに残念だった(TT)
演奏はよく響く白川ホールの特性が発揮されていて楽しめた。ここは学生時代にもみんなで聴きにき
てたのでいろんな思い出が巡った。

会わせる顔ないと思ったけど終了してから団員とのちょっとしたパーティがあると言うので2Fのロビーへ。しかしH先生は参加していなかったらしく見当たらなかった・・

失意のまま帰宅。なんか精神的に疲れ果ててしまった。